例えば、決闘。

物事には、いろいろな見方、考え方がある。

どの考えも、正しい面とそうでも無い面があると思う。

例えば、決闘。

正々堂々と一対一で対決するのであれば、まさに正々堂々としていて潔いように思えるが、

見方考え方を変えてみると、まず決闘を申し込む側は、勝てる可能性があってのことだろうし、

決闘に至る過程を見たときに、弱い相手を精神的に追い込んで、決闘に持ち込むとか、

自分の方が弱いように見せかけて、決闘を仕掛けさせるとか、

実はとても卑怯な考えを持って仕組まれた決闘もあるだろう。

また、やり方が卑怯な場合も有るだろう。

宮本武蔵が行なった決闘のなかには、武士道とか騎士道とかからすると、

卑怯な感じがするものがあるようだし。

もっとも、騎士道も武士道も見方によってとても卑怯な思想といえる。

どちらも、君主を守ることが主目的とも考えられるが、その考え方は、

君主が楽に家臣を従える手段と、言っても良いのではないだろうか。

君主の意を汲んで君主の利に適う行動をし、問題が起これば君主に責任が及ばない

様に、自らが全責任をかぶる・・・君主から命じられたのではなく自分で判断して勝手に

行ないましたと・・・・潔い感じがするが、君主の方を見れば、自ら責任を持って命じることなく、

利益は自分のものとし、責任は家臣に負わせる卑怯なやり方と言えるだろう。

成人式

成人の日が1月15日から1月の第二月曜日に代り、成人の日が15日では無いことに違和感が

なくなりつつあるように思う。

しかし、成人式って成人の日に行う意味があるのだろうか。

江戸時代以前の日本では正月に一つ年をとるという事だったらしいので、

成人になるのも何月何日生まれかに関わらず、

元日だからみんなまとめて同じ日に成人式でも当たり前に思えるが、

現代では成人する日が人それぞれだから、同じ日では実感がわかない人がいるはずだ。

私が二十歳前後に住んでいた市では、成人の日前日までに20歳になった人の成人式を

成人の日に行っていた。

私の姉は、1月15日生まれで、成人式当日が誕生日という、成人式にもってこいの人のはず

だったが、二十歳の誕生日当日の成人式にはよばれなかった。

しかも、同級生の殆どが集まる成人式なのに。

姉は、翌年21歳の誕生日に成人式に出席することになったが、

21歳の誕生日に二十歳の祝いって。
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