・願い―3

 三つの願いは昔話でもよくある話で、

たいてい願い事に失敗して終わると言うのが主流のように思うから、

絶対に失敗しない方法を考えなくてはと必死になる。

よくある失敗話は何だろう。

願い事があいまいで思っていたのと違う結果になってしまい、

それを元に戻すために残りの願いを使ってしまうというパターンがあるから、

まず願い事ははっきりと誤解などが無いようにしなければ。

例えば金持ちになりたいと願っても、

百年後に叶うとか金を稼ぐために飲まず食わずで無理やり働かされるとか、

とんでもない落ちがあるかもしれない。

 不老不死を願っても、

代わりに死にたくなるような状況に追い込まれても死ねないとか。

「願いの数を増やすと言うのはできるのか」

考え込んでいるうちについ声に出して訪ねていた。

「それは出来」まで答えを聞いたところでしまったと思い、

「いや、待て」と言って答えを止めた。

「質問に答えるのは願い事に含めるなよ」

と言いながら横倒しになっていた箱を手に取り起こして蓋を閉めようとした。

気が付くと真っ暗な中に閉じ込められていた。

どうやら狭い箱の中に閉じ込められてしまったみたいだった。

「やはりこうなるのか」

箱の外からまるで大男のような話し声が聞こえてきた。

「箱から出るには、誰かに箱を開けてもらわないと出られない。

そして、外に出てから三つの願いをかなえてやると言う事だ。

無事願いを叶え終えると本当に箱の呪いから解放される。

代わりに願いを叶えられたものが箱の呪いで閉じ込められるんだけどね」

箱の外の声はそう告げながら遠ざかって行った。

・願い―2

 そっと手を触れてみる。

金具の部分に親指を当て一気に上に押し上げて蓋を開く。

思った通り鍵はかかっておらず素直に開く蓋に少しがっかりしながら、

中をのぞき込んでみるが、がっかり感そのままに中には何も入っていないようだった。

 訳ありと感じていたのに、

空箱だとわかるとガッカリするだけでなく何か悔しい気分になってしまう。

悔しいから箱をひっくり返して裏側も眺めるが、やはり何もない。

ところが空箱だったはずの箱の口から何か人型のものが転がり出てきたから驚いた。

 手にとれるほどの小さな箱の中から出てきたのだから、

出てきたものが人の形をしていれば人形と思うのが当然なはずなのに、

人形とは思わなかった。

「ふう、やっと出られた。やれやれだ」

 箱の中から出てきた人型の何かはどうやら小人の類のようで、

ちゃんと言葉を発する事もできるのは、

本来ならば不思議で仕方のないことなのになぜかその事には疑問を感じる事なく、

こいつはなぜ出られなかったのだろうと言う疑問を口に出しかけたところで、

その者は突然ぐんぐんと大きくなって行き、

僕より少し大きな小太りの人間の姿になった。

 手品の類でなければ、魔法か心霊現象と言う事になるが、

どうにも手品などとは思えない。

なぜか素直に魔法と思ってしまい、

魔法であれば

魔力で閉じ込められていたと言う事もあるだろうと勝手に納得してしまった。

「さて、とりあえず決まりでもあることだし、

実際助けられたのだから何か礼をするのが礼儀。お前の願いを三つだけ叶えてやろう」

 小箱から出現し小人から人間の男に変身した小太りの、

たぶん魔人は少し偉そうな感じで言った。

 僕としてはただ箱の蓋を開けただけなのに、

何か願い事を叶えてもらえると言うのだから素直に喜んで

願い事をどうするか真剣に考え始めた。

・願い―1

 迷路のような駅の地下街を通勤途中で散歩するのが日課だった。

真っ直ぐに会社に向かえば五分ほどで通り過ぎる地下街を、

ウィンドショッピングしながら歩き回る。

運動不足の解消、健康のための散歩だ。

 いつも歩きなれた地下街は、

朝の早い時間ならば人通りは多いが開いている店は少なくて散歩には不向きだけれど、

少し残業しての帰りには人通りも減って歩きやすく、

飲食店からはよい香りも誘ってきて結構楽しめる。

今日も散歩がてらうろつきながら、漂ってきた焼きたてのパンの香りに誘われて、

明日の朝食にと思い総菜パンを仕入れた。

パン屋を出た少し先に記憶にない路地が目に留まった。

可愛い服装の娘が路地から出て歩き去っていくのを見て、

なんとなく路地の先が気になった。

もしかして若い女性が働いている喫茶店の類があるのかもしれない、

などと想像したからだ。

 路地を曲がるとその先は別の通りにつながっているだけのただの通路のようだったが、

少し進んだところで振り向くと、後ろは行き止まりになっていた。

なぜだろうと思いつつ振り返ると、前方も行き止まりで、

天井の照明があるから明るいものの完全に閉じ込められていた。

 もう一度振り返ると机がありその上には小さな箱が置かれていた。

木製の箱には鍵が掛けられるような金具がついていた。

いかにも訳ありな感じの箱だったから、

何か大切なものが入っていそうで興味をそそられる。

開けてはならないという感じもなかったし、

開けてはいけないものならそもそも鍵が掛けられているだろうから、

開けられるのなら開けても良いのだと思った。

・UFO

 最近夕方近く西の空がやや橙色に輝き始めた時間帯、

平和橋の上を散歩中にオレンジ色に激しく輝きながら点滅する飛行物体を見た。

東京スカイツリーの右上の空で激しく光って消えて、

とても不思議な光に思えた。

一瞬UFOだと思いながらも良く見ていると、

それはただの飛行機で、

夕方近くとは言えまだ高い位置に有った太陽の強い光を反射し、

微妙な角度の違いで点滅しているかのように見えていただけだった。

 太陽の位置と飛行機の位置雲の状態などが上手く組み合わさった結果の出来事だが、

多くのUFOはこんな事で生み出されているのだろうと思わせるものだった。

でも、昔とてもでかいUFOを目撃した事があり、

それは到底自然現象や人間の手によるものとは思えないものだったが、

あくまでUFO未確認飛行物体であって、

地球外の知的生命体の乗り物だという証拠などはなく何ものとも言えないものだ。

たぶん、地球外の知的生命体の可能性より、

地球上の誰かが趣味で制作した飛行物体である可能性の方が高いと思う。

超高層ビルよりでかい物体が悠然と空を飛んでいただけだ。

・昨日も反省したはずなのに、

 確かに家を出るまでは暫く禁酒だと思っていた。

赤坂で芝居を観て、楽しい時間をすごして、

いざ帰りの電車に乗る段階になって、

四谷でJRに乗り換えるか、

東京駅でJR快速に乗り換えるかで迷い、

四谷方向の電車に乗った。

行き付けの店のある駅は、快速電車が停まらない駅。

四谷から乗る電車は、行き付けの店のある駅に停まる。

 というわけで、そのまま行き付けの店へと向かい、

行き付けの店で酒を飲んで帰った。

店では何処かの知らない人たちの団体が、

忘年会を予約していたから、

その団体が来れば混雑するところだが、

遅めの予約だったから、ゆっくり出来た。

 そして、翌朝にはもう反省している。

暫くは禁酒するぞと決心している。

たぶん、新春とか初春とか言っている間くらいは、禁酒できる自信がある。


 というわけで、今年の当面の目標は、禁酒にします。


 新年明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いします。

・何とか翌々日は、

 いつも通りに朝早く起きる事が出来た。

前の夜何とか早寝して、生活習慣を元に戻すようにとがんばった。

朝食を食べてから昼過ぎまで、ずっと眠たくて仕方なかった。

 何とか眠らずに起き続けて、

仕事をこなし何とか誰からも苦情を請ける事無く一日を過ごしたら、

酒が飲みたくなってきた。

 何だかんだと酒を飲んでも良いと言う、

言い訳を考えついて出かける準備をしてしまう。

今年最後の酒だと思いながら、最後だから良いじゃないかと飲みすぎてしまう。

 翌日体重を量ると、しっかり一キロほど増えている。

飲みすぎはついでに食べ過ぎにもなってしまう。

ダイエット中なのに、がんばって食事のカロリーを制限して少しずつ、

ほんの少しずつ体重を減らしているのに、

酒を飲むたびにまた体重が増えてしまう。

・テレビを見続けた翌朝は目が痛くて、

 目が開け難い。エアコンの風で目が乾くせいだろう、

乾いて疲れた目のままで眠るから瞼が瞳に張り付いている。

 目が疲れるほど長い時間テレビを見た上に、

エアコンの温風を瞳に受けて、目に良いはずが無い。

 何が悪いと言って、去年の暮れに購入したテレビで、

ネットの画像が見られることが問題だろう。

テレビ局が流す番組だけでも日々レコーダーに溜まり続けているのに、

その上にネットで公開される動画まで見ている。

 テレビの見すぎは、目に悪いだけではなくて、

じっと座って眺め続ける姿勢は、体に悪いと認識している。

ソファーに座り続けていると腰が痛み肩がこる。

その上に、たぶん脳みそが馬鹿になって行く。

考える力を失っていくような気がする。

・結局先週土曜日は、

 ブログを更新した後、運動の為の散歩に出かけて、

それなりに歩いた後、駅近くのスーパーで買い物をして帰宅。

 厚めのローストポーク二枚とあぶり焼きチキンに生ハムなどを購入。

それと九百mlの冷酒も購入。

久しぶりにたっぷりの肉を食べて、冷酒を頂くが、

グラス二杯で飲み飽きて、

少し酔いたいから無理やり三杯目を飲み干すが、

それまでで飲むのを止めた。

 結局一人でテレビを見ながら飲む酒は、

なかなか酔えないし、美味しくないし、退屈なだけ。

一人で黙って飲む酒でも、外で飲む酒の方が美味いと感じるのはなぜだろう。

 明け方まで撮りダメていた番組を眺め続けて、

眠りにつく頃には完全に酔いは醒めていた。

「永田町」-39

 暫らく考えて僕は実家で寝込んでいた事にするしかないと思い、

「木曜日の昼に急にいやな予感がして家に帰ったんだけど、

急に発熱してやばいと思って、お袋に電話したら田舎に帰って来いって言われて、

ずっと実家で過ごしてたんだ」と嘘の話しを作り上げた。

 三人はいまいち納得していない様子だったが、

田辺が「まあ、元気で戻ってきたのなら良しとしてやろう」と言い何とか許してもらえた。

何となく損した気分だが、魔王の話などしても信用を失うだけだから仕方が無い。



 魔王降臨から半年も経つと、記憶も曖昧になって全てが夢だったような気もしてくる。

魔王は本当に存在していたのだろうか。

 僕以外の人達には魔王が存在しない状態での数日間の記憶があり、

僕にはその記憶が無い代わりに、魔王が存在した数日間の記憶がある。

そして、魔王が降臨していた間の僕を見た者は一人もいない。

まるで僕の存在と魔王が打ち消し有ったかのように消えている。

 家で眠り続けていたから何も覚えていないと言う訳ではない。

いくら何でも数日間眠り続けられるわけが無いし、土曜日に鈴木が訪ねて来たが、

僕は居なかったと言っている。

そして、魔王が居なかったとするならば、

なぜ僕は国会議事堂に現れたのか、説明がつかない事だ。

 それらの事は、僕には魔王が存在していた確かな証拠と思えるが、

他人からすれば何の証拠にもならないだろう。

だから、僕は誰にも魔王の事を話さなかった。

しかし、たとえ魔王から人類を救った英雄だと主張できなくても、

なんだかこの世で一番偉い人になったような気がするから、

それだけで人生十分な気がする。

それに、自分はやはり死なないのだという思いがより強くなった。

 死にそうになればリセットされて別の人生に移るだけ。

決して消え去る事が無いと考えると、どうなのだろう。

 もしかすると、人は皆自分が主人公の世界で生きているのかもしれない。

他の人の世界では僕も死ぬけれど、僕の世界では僕だけは不死身。

自我の数だけ沢山の世界がある。

魔王はたまたま僕の世界に入り込んでしまったバグの様なもの。

そんな考えはどうなのだろう。

‐END‐

「永田町」-38

 帰宅してからテレビのニュースを確認するが、魔王に関する話は一切無かった。

航空機も通常通り運行しているし、遭難した登山家はしっかりと救助されていた。

 最初、魔王降臨の前日ぐらいに戻ったのではないかと思った。

僕にだけはその後の数日間の記憶がはっきりと残っており、

時間が完全に戻ったという事ではないかと考えた。

しかし、魔王降臨からの数日間は魔王が存在しない数日間として経過していた。

実際に日付は魔王降臨の翌週となっていた。

だから、僕の記憶だけがおかしな事になっている。

 火曜日の朝久しぶりに四人そろった僕らだったが、

他の三人からの質問に困ってしまった。

 教室に向いながら、永田町から魔王が消えて魔物の居なくなった国会では

これからどのような政治が進められるのか、

世の中が良くなれば良いななどと妄想していたら、

校舎の入り口で近藤と田辺に声をかけられた。

「山田、久しぶり。生きてたか」と近藤が言う。

「なんだよ、ちゃんと生きてたよ」と答えると、

「昨日も姿を現さないし、だいたい先週木曜日突然姿を消してから、

どこに行ってたんだよ」とさらに問われた。

 僕がどう答えたものかと考えていると、

後ろから背中を思いっきりたたかれて

「どこに行ってたんだよ、心配しただろう」と言われて振り向くと、

鈴木が僕の腹を突っついてきた。

 さらにしどろもどろになる僕に、田辺が横から

「連絡ぐらいしろよな」と偉そうに言う。

 たぶん田辺は先週木金と風邪で寝込んでいた事に変わりないだろうと思い、

「おまえもな」と言い返すと、

近藤が「田辺は風邪で寝込んでたんだから仕方が無いさ、

それより山田は本当に行方不明だから心配したんだよ。

本当にどこに行ってたんだ」と言う。

 僕は仕方なく「いや僕も寝込んでたんだよ」と言うと、

鈴木が「嘘付けよ、どこで寝込んでたんだよ、

土曜日、おまえの家に行ったけど居なかったじゃないか」と言う。

「永田町」-37

 恐怖で足がすくんで動けなかった。

だから、じっと睨み返すしかなかったのだが、魔王は何か誤解したみたいだ。

「生意気な、ならばもう一度恐怖を味わうがいい」

 魔王は手にしていた瓦礫を僕に向って投げつけた。

今度こそ死ぬのかと思い直ぐに目を閉じて覚悟を決めた。

 何も起こらなかった。

 目の前に魔王が居て僕をにらみつけていた。

その薄気味悪さがいけなかったのだと思う。

魔王は嘘をついている、魔王に僕を殺す事は出来ないという思いが頭に浮かび、

何か勇気のようなものが生まれたのかもしれない。

もう、じっとしていられなくなった。

 僕は何が何だか分からないままに、魔王に向って突進した。

 魔王に向っていたはずなのに、石の壁にぶつかってぶっ倒れてしまった。

そこに魔王は居なかった。


 壁は国会議事堂の壁だった。

 いきなり走ってきて壁にぶつかって倒れた僕を不審に思った警備員が飛んできて、

警備室で取調べを受ける事になった。

 もちろん、魔王がどうしたこうしたなどと馬鹿げた話はしない。

魔王が消えて国会議事堂が現れた時点で、全てがリセットされたのだと分かったし、

それと同時に魔王に関する記憶も僕以外の人達からは消えたかもしれないと思いついたからだ。

「なぜかちょっと走り出したくなりまして、走り出したら止まらなくなりまして、

その、済みませんでした」

「本当にただそれだけなのか、何だって走り出したくなったんだ」

「たぶん、その、広場が広々としていたので、ちょっと気分が高揚したのだと思います。

議事堂の立派な建物を見て興奮したのも有ると思います。本当に済みませんでした」

「まあ、怪我も無い様だし、反省もしているようだから、

まあ今日のところは釈放するけれど、

あんな所で走り回ればテロ行為とみなされて場合によっては本当に逮捕だからね、

以後本当に気をつけるように」

 警備員からしっかりと注意を受けて釈放され帰宅した。

「永田町」-36

 突然魔王が呻いた。

そして、「お前は邪魔だ」と言い、

僕に向って巨大な壁か柱の固まりを投げつけてきた。

 僕はとっさに目を瞑り、その場にしゃがみ込んだが、何も起こらない。

不思議に思い目を開けると魔王と目が合った。

 その迫力に恐怖を感じながら、ここに居るとまた、

壁か何かの瓦礫を投げつけられるから、動かなければと思う。

 魔王の死角となりそうな場所を探し逃げ込もうとしたとき、魔王が呻く。

「お前は邪魔だ」と言う言葉と共に巨大な岩のような物が僕に向って飛んできた。

 二度目の経験なのにやはり恐怖で目を閉じてその場にしゃがみ込んでしまう。

やはり何も起こらないから、目を開けて魔王の方を見ると、目が合ってしまう。

「ふふふふふ」と何がおかしいのか笑い出す魔王。

「お前は何度でも助かると思い始めていないか。

ふ、ふ、ふ、残念でした。

全て私が考えてやっている事だよ。

お前に死の恐怖を与える為にな、はっはっはっはっは」

 魔王の高笑いが響く。

僕は思いっきり叫んだ、「どういうことだよ」

「お前は、自分が特別だとか、予知能力が有るとか思っていただろう。

お前が死ぬ直前に時間を戻して助けていたのは私だよ。

もちろんお前が死に掛ける状況を作ったのもな」

 しばしの沈黙。

僕は今までの出来事を振り返ってみた。

そして、魔王に遊ばれていたのだと思いつく。

 何かとんでもな思い違いをして、僕はこんな所に来てしまったみたいだ。

魔王の気持ち一つで僕は簡単に殺されてしまうという事ではないか。

やはり僕は直ぐに避難すべきだったのだろうか。

いや、違う、魔王の力は全世界に及んでいる。

僕はどこに逃げようとも殺されるだろう、だって魔王の目的が人類滅亡なのだから。

「どうした、もう少し遊んで欲しいか、それともさっさと逃げ出すか、さあどうする」

と言い、魔王は再び巨大な瓦礫を手にして僕を睨み付けた。

「永田町」-35

 どうやら通常の物理的な破壊行動で、人類を滅亡させるのではなく、

人間の心の中をおかしくして、滅亡させようとしているのでは無いだろうか。

すでに、何か事故があっても怪我人を助けるという考えがなくなっている。

 もっと進めば、

何かもっと大切な人としての行動が取れなくなってしまうのかもしれない。

それこそ、皆で殺し合いでも始めてしまうのかもしれない。

 魔王の周辺は吹き飛ばされて廃墟と化しているから、

公共交通機関ではすぐ近くまで行く事が出来ない。

廃墟となっているのは魔王の周囲半径一キロ程度だから、

距離としては歩いていける距離だが、廃墟と化しているという事は、

道路もいたるところで瓦礫に埋もれたり、陥没したりで、歩ける場所を探しながら、

かなりくねくねと彷徨いながら進む事になる。


 魔王の姿を直接目にしたとき、その暗さにため息が出た。

 恐怖心とか不安とかは感じなかった。

ただ、何か緊張感は有った。

薄気味悪さもある。

 身長十数メートル、四階建てのビルくらいの背丈だ。

遠くからではそれ程の威圧感は無い。

テレビのヒーロー物で、でかすぎる怪獣を見慣れてしまったせいだろうか、

テレビの中では大きなビルよりはるかにでかい怪物が大暴れしているから、

それと比較すると確かに小さく感じる。

それに、周りのビルの残骸がでかいから、

そんな残骸にうずもれるようにしているから、それ程大きいとは感じないのだろう。

 怪獣では無く魔王だから、大きさは強さと関係ないのだろうかと考える。

だが、周囲に漂う薄暗さが薄気味悪さを醸し出している。

 魔王にかなり接近したところで、魔王と目が合った。

さすがに近くで見るとでかいし、その大きさだけでも十分に迫力がある。

 暫らくにらみ合いの状態になる。

「永田町」-34

 こんな異常な状況の中なのに、バスや鉄道は殆んどが通常通りに運行している。

もちろん魔王が降臨して廃墟と化した永田町を通る路線は運休している。

ただ、その表示も事故の為運休とし、

振り替え輸送とか事故現場までの折返し運転とかと表示されていて、

魔王が居て危険だといった情報はまったく表示されていない。

そして、魔王を無視するかのように破壊された路線の復旧作業がすでに始められていた。

 普通まず魔王を除去してから取り掛かるべきだろうと思うのだが、

魔王はただの新しく出来た山程度にしか捉えられていないようだ。

 自衛隊も先週の攻撃が役に立たなくて、打つ手が無いと分かると、

ものすごくすんなりとあきらめて退却していた。

まるで皆魔王の存在を無視し始めているかのようだった。

 小学校に到着して、塀の外から校庭を少し覗き見するだけで十分だった。

その場所が間違いなくヘリが墜落した現場だと分かるくらい、

手付かずのままで放置されていた。

 ヘリの焼け焦げた残骸と、子供達の沢山の死体。

僕は一目覗き見しただけで、悪臭とあいまって気分が悪くなり、

直ぐにその場を離れた。

そして、自分の目で直に魔王を見てやろうと考えた。

 なぜそんな無謀な事を考えたのか分からない。

僕も魔王の毒気にやられて、魔王の存在への恐怖とか、

そんなものが薄れていたのかもしれない。


 魔王の居る場所へと向いながら、魔王について少し情報を整理してみた。

 魔王は、降臨した日に墜落させたヘリの乗員に、

人類を滅亡させると言っている。

だが、具体的な攻撃は、

自分が降臨する時に吹き飛ばした永田町とヘリや飛行機を墜落させた事だけで、

自衛隊の攻撃に対して、ミサイルをあらぬ方向か僕を狙ってか、

方向を変えてマンションの展望室を爆破したように、

こちらから手を下さなければ、何もしていない様に思える。

「永田町」-33

 問い合わせが殺到すればそれなりに騒ぎになるだろうから、

興味を失った魔王近隣の人達だっておかしいと思い始めるだろう。

それが一切騒ぎにならない、少なくともテレビでは報道されないという事は、

魔王の周辺だけの変化ではなく、

世界中の人達が人の生死に興味を持たなくなった可能性がある。

だが、魔王の何かの力によって世界規模で人間の精神とかがおかしくなっているのなら、

田辺はなぜ正常なのだろう。

 かぜで寝込んでいたからだろうか。

「山田、俺、帰って寝るは、それじゃあな」

 校門を出たところで、田辺はぽつりと言ってさっさと僕に背を向けて歩き去った。

 僕は、田辺の背中を暫らく眺めていたが、

呼び止めても何も出来ないと思いそのまま見送った。

そして、ヘリが墜落した小学校はどんな様子だろうかと興味がわいてきた。

 怖いもの見たさと言うヤツだろう、単に好奇心と言う事だし、

野次馬根性と言うものかもしれない。

大学が休校だから暇なのも有った。

小学校の場所も大体分かっているというのもある。

そして、大勢の子供が犠牲になる瞬間がテレビ画面に映し出されたのだから、

当然事故現場には直ぐに大勢の人が駆けつけただろう。

本来ならば。

 魔王の毒気のようなものでおかしくなっているのが本当ならば、

小学校の校庭には死体が転がったままになんている可能性がある。

しかし、いくら何でも子供の親達が直ぐに駆けつけて遺体を引き取るだろう。

だから、きっと綺麗に片付けられて手向けの花が供えられているはずだ。

もし、小学校も死体が転がっている状態だったなら、

いよいよ人類は滅亡するしかないくらい、

おかしくなってしまったと考えるべきだろう。

「永田町」-32

 校舎の中はただの火事場の異臭とは違い、

もっと嫌な腐敗臭とか死臭とかが漂っている。

息を止めたまま数歩進んで僕は引き返した。

先に入った田辺は暫らく校舎の中を見て回った後、

なんとも言えない顔をして外に出てきた。

「何で遺体をそのままにしてるんだ」とまるで僕に責任があるかのように、

僕の顔を睨みつけて田辺は言った。

「どうして、ほったらかしにしてるんだ」

「だから言ってるだろ、誰も死んだ人に興味が無いみたいなんだ。俺とお前以外」

と田辺から目をそむけながらつぶやく。

 実の所僕自身もあまり興味は無かった。

その事を自分でも不思議に思うが、僕以上に他の人達は興味を示さなくなっている。

自分の友人知人だけでなく家族をなくした人もいるはずなのに、

誰も身内の死を悲しんでいる様子が無い。

 田辺も校舎の中から漂う異臭に耐えられなくなったようで、

「こんなに焼け焦げてちゃ親友だって見分けられないな、

俺たちだけじゃどうにもならないし」

と悲しそうにつぶやきながら、校門へと向かって歩き始めた。

「とりあえず、安否が知りたければ電話してみたらどうだ、

とりあえず近藤と鈴木は無事みたいだけど」と言ってみた。

田辺は頷くが、電話を取り出そうとはしなかった。

 そんな田辺の事より僕は、自分自身の気持ちを不思議に思い始めた。

なぜ自分では友人の安否の確認をしようとしないのだろう。

他の人達もそうだが、まるで魔王の毒気に当てられたように、

考え方がおかしくなっている。

しかも、魔王の近くの人間だけではないはずだ。

遠い場所にいる人達でも東京に友人知人がいる人も多いだろうから、

死傷者に関する情報が無ければ、いろいろなところへ問い合わせるだろう。

「永田町」-31

 田辺はまだ全体の様子を把握できていないのだから仕方が無い、

仲間がどうのと言うレベルでは無いのにと思いながら、

僕も仲間の方が気になり始めた。

「いつものメンバーは無事だけど他は分からないよ、

誰も死傷者に興味が無いって感じだから、一切報道もされてないし。

今、ふと思ったんだけど、死傷者はまだ校舎の中に残されてるかもしれない。

だって誰も事故現場から救出しようとしてないみたいだから」

「なんだよ、じゃあ校舎の中に死体がゴロゴロしてるってのかよ」

 僕は頷いて校舎の方へ振り向いた。

そして、ゆっくりと無言のまま校舎内へと向う。

直ぐ横を僕に沿うように田辺が歩く。

 校舎に近づくにつれて、火事場の異様な臭気が強くなる。

ただ焦げ臭いのではなく、

さまざまな化学物質が放つ有毒ガスの混ざった吐き気を誘う臭い。

 校舎の周りには、飛行機の残骸らしきものが散らばっている。

大木の燃え残りが黒く茶色く薄気味悪さを醸し出す。

焼け落ちて大きく口を開けた窓からでも人の死体が見えた。

 生身の人間はそれ程燃えやすいものではないから

もう少し姿形が残っているかと思ったのに、

真っ黒い墨の固まりのようになっていた。

それでも全体の形と大きさから人間で有っただろう事が想像できた。

 この中に絶対に見たくないものがあるかもしれないと思い、足を止める。

 校舎の入り口で僕が中に入るのをためらっていると、

田辺は慎重にではあるが中へと足を進めた。

仕方なくその後に着いて僕も中へと進む。

もしトモちゃんの死体を発見してしまったら、

全ての希望を失ったような気になるかもしれない。

入ったもののまともに見て回る事が出来なかった。

「永田町」-30

「魔王が降臨したのも知らなかったのか、いったい何処に潜ってたんだ」

「ずっと家に居たさ、風邪ひいてね高熱が出たんだよ。

今日久々に街に出てきたところだけど、

校舎が火事になったなんてうちの両親は一言も教えてくれなかったよ」

「ああ、そうか、実家住まいか。家は何処だっけ」

「荻窪だけど」

「ふーん。じゃあ直接は見えないか、ほらあそこ」

と言って魔王のいる辺りの空を指差す。

「なんだか薄暗くなっているだろ、曇ってるわけでもないのに」

「うん、確かになんだか変だなとは思ってたんだよ」

「あそこに魔王が居座ってる。テレビのニュースでもやってただろ」

「さあ、俺はずっと寝込んでたし、今朝のニュースではそんな話題無かったよ」

「いや、有ったよ。ただもう先週土曜日からずっと、

テレビ画面の端に表示しっぱなしで、番組自体は通常の番組に戻ってるから、

確かにニュースとして特別に報道はしてないか」

 手をかざして、永田町の上空を眺める田辺。

「なあ、この火災、飛行機がいきなり墜落したって事なら、

怪我人とか死傷者が大勢出たはずだよな、

友達が死んだりすれば連絡をくれるよな、仲間なら、誰も怪我もしなかったのかな」

 やっと死傷者の事を気にするまともな人間が現れた、

なのにちょっと鬱陶しいと感じた。

「それが、俺もわからないんだ、

ニュースでも大事故のわりにあまり報道されなかったし、

大学より永田町は国会議事堂とか主な建物が、魔王で吹き飛んだのに、

死傷者の話は誰もしないんだよ、変だろ」

「なにそれ、国会議事堂がどうかしたのかよ、

それより仲間に死傷者が居たのかどうかが大事だろ。皆無事なのかな」

「永田町」-29

 週明け月曜日の朝は、いつも通り朝の身支度を整えて、

いつも通りの時間より少し遅めだったけど、大学へ向った。

 大学の入り口には、

『校舎焼失の為当面休校します』と言う張り紙が貼られていたが、

再開の目途とかの情報は一切無かった。

時々校門まで状況確認に来るしかない。

当面と言うのを、もう少し具体性は持たせられないのかと腹立たしく思う。

プレハブを建てるとか、

どこか別の場所を借りるとかしてでも講義を再開すべきだろうとも思う。

高い授業料を支払済みなのだから、大学側には学生に対して責任があるはずだ。

 今回は魔王の出現が原因だろうけど、

魔王のような特殊なものの場合だけでなく、

普通に火災で校舎が使えなくなるというのは起こることなのだから、

それぐらいの非常時を想定した経営であるべきだ。

 貼り紙の前に立ち、いろいろな愚痴を思い浮かべていたら、

誰かがが僕の背中を突っついた。

「山田、久しぶり」声をかけられて振り向くとそこに友人の顔が有った。

「おう、田辺、生きてたか」

「少し会わなかったからって、生きてたかは無いだろう」

「なに、久しぶりってのと同じ意味だよ」

「校舎焼失って、何が有ったんだ」

「田辺、知らなかったのか、飛行機が墜落したのに」

「ふーん、飛行機か、それで何で焼失」

「飛行機の燃料ってのは燃えやすいんだよ、

大型の輸送機か何かのような飛行機だから、たぶん長時間の飛行が可能なように、

たっぷり燃料を積んでいたんだろうな、凄く良く燃えたから」

「凄くよくって、まるでその場にいたみたいじゃないか」

「居たんだよ俺は、

グランドに居るときにあの校舎の屋上に飛行機が頭から突っ込んだんだよ」

「へー、凄いの見たんだな。先週かい」

「おいおい、飛行機が墜落したのは、魔王が降臨した日だよ、

あの日以来航空機は飛行禁止だろ」

「えっ、そうなの、知らなかった。何でだよ、魔王ってめんどくさいな」

「永田町」-28

 昨日買い置きしたパンとカップめんで夕食を済ませて、

夜食に乾パンをかじるが、あまりの食べ難さに、

本当の非常時ででも無ければ食べる気がしないし、

非常時でも食べる為の労力のせいで、

余計に腹が減ってしまって役に立たないだろうと思った。

でもたぶんそんな思いは、もっと大人の人からは、

今時の若者は贅沢過ぎると言われそうだから、誰にも言えないなと思った。

 翌日は何の動きも無いままに過ぎて行った。

土曜日だったからだろう。

土曜日だから大学も元々休みだし、

何時もの土曜日と同じ様にのんびりと一日を過ごした。

 翌日の日曜日、政府機関に何の動きも無い。

テレビのニュース番組などでは魔王の話題が多かった。

 週明け直ぐに何らかの対策を打つべきだと、

いろいろなコメンテーターとか評論家とかが意見を言い合っていた。

だが誰も、被害者についてとか避難についてとかの話はしなかった。

だから犠牲者がどれくらいなのかはまったく分からない状況だ。

でも、永田町の街の様子からすれば死者数千人はくだらないだろうと思う。

 日曜日はいつも通りに掃除洗濯で過ごし、

夜は近くの中華レストランで少し豪華な食事を取る。

週に一度は贅沢しないと栄養のバランスが崩れて病気になりそうな気がするから、

貧乏な中でも少し贅沢する。

 僅か数キロメートル先に魔王が居ると言うのに、

普段の日曜日とさほど変わりなく過ごしている事を変だと思いながら、

ではどうすればまともなのかと考えても分からなかった。

「永田町」-27

 一旦、自宅へと戻り、自宅のテレビでその後の状況を確認する。

 自衛隊は、自分たちが発射したミサイルが、

民間のマンションに命中したというのに知らん顔で攻撃方法を検討していた。

とりあえずそれでもミサイルは使えないことは理解してくれたみたいだった。

 戦車の砲弾であれば、砲弾自体の動力で飛ぶものではないから、

魔王に勝手に操縦されたりしないみたいだが、

威嚇射撃が当たらないのは当然として、本気で狙っても当たらないみたいだった。

だから、もっと接近してとか、一度に大量に放つとかの策を考えているらしかった。

 自衛隊の作戦が全てテレビで放映されるというのは、大丈夫なのだろうか。

 結局なんだかんだと作戦は立てたみたいだが、

夕暮れと共に本日の行動は終了する事になったみたいで、

テレビ画面では左端などに魔王の様子や、

臨時対策本部の様子が常時表示された状態で、通常番組が放送され始めた。

 僕は夕食の買出しに出かけて、少し遠出をして大型スーパーにまで足を運んだ。

いつ避難する事になっても良いように、

非常食や懐中電灯などの非常時用の備えを整える為だ。

 非常食だからと考えて、乾パンを買った。

懐中電灯と非常用の携帯電話のバッテリーなどを買い物カゴに入れて、

結局非常用に何を買えば良いのか他に思いつかなくて、

買ったのはその程度のものだった。

近所のコンビにでもそろえられそうなものだったから、

あまり遠出する意味が無かった。

それでももしかしたら割安だったかもと思い自分を慰めた。

 帰宅してから、食料として乾パンしか買わなかったことに、自分で驚いた。

家を出る時は食料を買おうと思っていたはずなのに、それが非常食になり、

大型スーパーへと足を向けさせて、結果大したものを買わなかったのは、

少し精神的に疲れているせいだと思う事にする。

「永田町」-26

 僕は鈴木に急いで下に下りようと言い無理やり手を引いてエレベーターホールに向かう。

 エレベーターは二基あり一基は地上一階に、

もう一基は最上階の屋上で停止していたから、

下行きのボタンを押すと直ぐに一基のエレベーターが到着した。

「なんだよ、何があるんだ」と言う鈴木の質問を無視して、

到着したエレベーターに乗り込み一階のボタンを押す。

 僕に質問を無視されて鈴木は少しムッとしているが、

僕としては昨日の炎上した校舎の様子が頭に浮かび、

とても答えられる状況になかった。

あまり時間は無いはずだと思った。

ミサイルが展望室を直撃すればエレベーターも停止する可能性があるから、

その前に一階に到着してくれとあせる。

 幸い途中で止められる事無くスムーズに一階へと向う。

 エレベーターが一階に到着して扉が開いた途端に、凄まじい轟音が響き渡った。

直ぐにエレベーターから飛び出すと、

エレベーターの天井に何かが激しくぶつかる音が響き、

エレベーターの照明も階数表示も消えた。

エレベーターホールを出て玄関ホールに向うと、

ガラス張りの玄関ホールの外に、瓦礫やガラスの破片がぱらぱらと降っていた。

外か、或は中から炎が上がる様子を想像して気持ちはあせるが、

直ぐに飛び出すのも危険だ。ぐっと我慢して安全を確認する。

少し待って外に出てマンションを見上げると、

マンションの最上階の窓から黒い煙が噴出していた。

 魔王は僕を狙っているのかもしれないと思ったが、

それは自意識過剰だろうと考えた。

 いくら何でも僕みたいな平凡な人間が魔王に特別に嫌われるとは思えない。

 僕は、マンションの上部を呆然と眺める鈴木と彼の携帯を残して、

その場を後にした。

「永田町」-25

『現場の佐藤さん、魔王の様子はどうでしょうか』

とスタジオから魔王近くの現場が呼ばれ、現場付近の映像が写だされる。

 暫らくワンセグ携帯の画面を眺めていると、

戦車からの威嚇にまったく動じる様子のない魔王が映し出された。

 すぐ近くに砲弾が着弾し噴煙が巻き上がるが、びくりともしない魔王。

携帯の画面と前方の様子を交互に見比べてみると、

若干のずれが有っるように感じる。

万一の事故を考えて録画したものを確認してから放送しているのかもしれない。

 数分間の威嚇攻撃の後、静寂が訪れた。

そして暫らくの沈黙の後、アナウンサーが再び喋り始める。

『魔王は特に反応ありません、あっ、続いてミサイルの威嚇射撃に移る模様です』

 アナウンサーの言葉に答えるように、

直ぐにミサイルを搭載した車両が映し出される。

すでに角度とか方位とかは魔王を向いている。

しかし、ふと不安がよぎる。

魔王に向う飛行物体はエンジン停止して落下する。

だとしたら、大砲の弾は飛んでも、

ロケットエンジンで飛行するミサイルは途中で墜落するのじゃないだろうか。

 自衛隊の人達はどういう考えでミサイルを使おうとしているのだろう。

確かにエンジンと言ってもロケットエンジンでは、

燃料の燃焼による膨張を直接利用するから、

プロペラ機のエンジンやジェットエンジンみたいに、

複雑な機構が無いから大丈夫と考えているのだろうか。

 そんな事を考えている時だった、

『ミサイルが発射されました、あっ』という携帯からの声。

 携帯画面から目を離し前方に目を向けると、目の前にミサイルが。

当然もう駄目だと思い目を閉じた。


『あっ、ただいま自衛隊の戦車部隊が、威嚇射撃を開始した模様です』

と言うワンセグ携帯からの声を聞き、目を開ける。

 魔王の方角から噴煙があがるのが見える。

「永田町」-24

 僕は展望室の窓際に張り付いたままで、

携帯の画面と窓の外の様子を交互に見比べ続けた。

 三十分足らずで宅配ピザが届いた。

暫らくは特に動きは無い様子だったから一旦窓際を離れ、

鈴木の座るソファーに腰掛けて、それでもワンセグの画面からは目を離さずにいた。

ピザとジュースを手早く平らげて再び窓際に戻ると、テレビの中で動きが出た。

『いよいよ自衛隊の攻撃準備が整った模様です』

『はい、政府関係者からの情報で、首相が自衛隊に対して、攻撃許可を下したそうです』

 ちょっと待てと思った。

「おかしいだろう、攻撃許可の前に攻撃で流れ弾とか飛んできそうな場所は、

立ち入り禁止にして、周辺も住民に避難命令とか出さなきゃ駄目だろう」

と半分独り言、半分鈴木に向って叫んだ。

 鈴木は何食わぬ顔で「どうしてだ」と問い返してきた。

 僕は振り返って鈴木の何食わぬ顔を確認してから、

おかしいのは僕の方なのかと自問した。

 そんなはずは無い、自衛隊の武器が絶対に安全などと言う事はありえない。

少なくとも立ち入り禁止地域を決めて、

尚且つ魔王の反撃も考慮して避難地域を決めてから、

住民の避難が完了してから攻撃を行なうべきだろう。

もう1つ不思議なのは、政府が避難命令を出さなくても、

周辺住民は自主的に避難するだろう。

ところがこの展望室から観る限り、

避難しようとしている人の姿はまったく見当たらない。

もしかして僕だけが情報に遅れていて、

すでに周辺の人達は避難を完了しているのだろうか。

 いろいろ考えてもわからない。

改めて鈴木の顔を見るとやけに落ち着いてのんびりした顔をしている。

『あっ、ただいま自衛隊の戦車部隊が、威嚇射撃を開始した模様です』

 携帯の画面を見るが肝心な場面は映されていなかった。

窓の外、魔王の方角を見ると少し噴煙らしきものがあがるのが見えた。

「攻撃が始まったぞ」と鈴木に向って教えると、

興味なさげに立ち上がって僕のそばへとやって来た。

「永田町」-23

「俺としては、これから始まる魔王への攻撃ってのを、

ここで自分の目で見ていたいのもあるんだけど、

テレビの方ではもっと近くからの映像を放送するだろうから、

そちらも見ておきたいんだよな」と自分の望みを語る。

「相変わらずミーハーなヤツだな、

いいよワンセグのテレビならここで見れるだろうから、ほら、この携帯で見てくれ」

 今時の携帯電話は、殆んどワンセグ機能がついているらしいが、仕送り生活の僕は、

残念ながら高校入学時に買ってもらったずいぶん古い型の携帯を使い続けていて、

古すぎて画面も小さくて、当然ワンセグなんて便利な機能もついていない。

「おお、これ、いいよな、何処ででもテレビが見れて」と感心して見せると、

鈴木はとても嬉しそうな顔をしてくれた。

『ただいま入りました情報によりますと、

自衛隊の攻撃部隊は間もなく攻撃態勢を整えられる模様で、

攻撃開始時刻を早めて、威嚇射撃を行なう事になった模様です』

 ワンセグテレビからの情報で、盛り上がる僕に対してやけに冷めている鈴木くん。

「自衛隊の攻撃なんて珍しいか、

俺はさ、親父に自衛隊の実弾演習を見に連れて行ってもらった事があるからさ、

今更見たいなんて思わないけど、まあ、見た事無い人には興味があるかもな」

と僕の気持ちまで冷めさせるような事を言う。

「なあ、鈴木、興味は無いかもしれないけど、俺はものすごく見たいんだよ、

協力してくれよ。

たぶんまだ攻撃開始には時間がかかると思うんだけど、

もしかするともうすぐかもしれないだろ。

だから俺はこの場を離れたくないんだ。だけども腹も減ってる。

ピザとか宅配を頼めないかな、ここまで」と機嫌の良い鈴木にねだってみた。

「ああ、良いよ、携帯貸しな」

 鈴木は僕がワンセグ放送を見ていた携帯を取り上げると、

宅配ピザに電話して適当に注文を済ませてくれた。

再びワンセグ放送に切り替えて僕に携帯を手渡して、

展望室の窓際から少しはなれた場所のソファーに座り込んだ。

「永田町」-22

 特撮映画の中の攻撃のように、戦車は火花を散らすのだろうか、

ミサイルは着弾すると派手に火花と煙を上げるのだろうか。

少し想像しただけでもわくわくしてくる。

 普通なら攻撃の対象も人間だから、

攻撃を受ければ沢山の人が死んだり怪我をする事なのだから、

こんなにわくわくとした気持ちになどなれないと思う。

しかし、これから攻撃する相手は人では無く魔王なのだ。

特撮映画で悪者の怪獣を攻撃するようなものだから、

わくわく感を持っても悪い事ではないだろう。

「鈴木さあ、今日自衛隊が魔王に向って攻撃するって話聞いてるだろ」

と横に立って窓の外の景色をぼんやり眺める鈴木に問い掛けた。

「へえ、そうなんだ。ああ、だからあんなのが都内を走り回ってるのか」

 鈴木は、一応自衛隊の車列を珍しそうに見ているが、

殆んど興味ないような表情をしている。

「お前、ちょっとはテレビとか見ろよ。特にこんな大事件の真っ最中なんだから」

「大事件なのか、そうだよな、大学の校舎も燃えちまったみたいだしな、

でもテレビなんてくだらない事ばかりだろ。

もし本当に大変な事があれば、うちの母親から何か言ってくるからさ、

俺がいちいちくだらないテレビなんか見て無くても大丈夫さ」

 一応大事件だとは認めたのだろうか、それでも興味なさげな鈴木は、

窓の手前の手すりに手をついて、遠くの方を眺める目をしている。

「まあ、テレビがくだらないのは認めるけどさ、

最新情報はチェックしておいた方がいいだろう。

特に魔王が降臨している最中なんだから」

 僕も鈴木の横で手すりに手をついて、

鈴木が何を眺めているのだろうかと遠くの景色を眺めると東京タワーが見えた。

「まあ、お前がそう言うなら、そうなのかもしれないな。

それでこれからどうするんだい」と僕の方に顔を向けて尋ねる。

「永田町」-21

 鈴木のマンションは高層マンションだが、

周囲には高層ビルも多いし、永田町の周辺であれば超高層のビル群もあるから、

方角的に丁度良い場所でなければ、魔王の姿などは見られないだろうと思っていた。

だが、さすがにお金持ちの住む高層マンションの展望室というものは格が違う。

超高層ビル群からも十分に離れているから、結構広範囲の景色が見渡せた。

 こんな素晴らしい景色が見られると分かっていれば、

もっと早くに鈴木の家に遊びに来て居ればよかったのにと思う。

 展望室には展望室からの眺めを写した写真に主な建物などの名称が

書かれたパネルも掲げられていて、永田町の方向も直ぐに分かった。

そして、魔王がいる場所も直ぐに分かった。

 魔王そのものは身長十数メートルらしいので、

この展望室からでは見えなかったが、魔王の周囲は薄暗くなっていて、

見える景色の中に空までも薄暗い場所がはっきりと見分けられた。

 あの場所に魔王が存在するのだろう事は分かる。

付近には巨大な瓦礫も散在しているから間違いないだろう。

 大学の校舎の方を眺めると、

焼け爛れたコンクリートの残骸のような建物が見える。

火災が無ければ校舎の周囲は、校舎よりも背の高い樹木に覆われていて、

今の時期緑が美しいはずだが、残念ながらそれらの樹木も殆んど全て燃え尽きていた。

 永田町方向に向う幹線道路上に自衛隊のものだろう装甲車や戦車、

そしてミサイルらしきものを搭載した車列がゆっくりと動いていた。

 午後からの魔王攻撃の準備で魔王の近く、

魔王がその目で捉えられる場所へと向っているのだろう。

戦車だのミサイルだのにそれ程興味があるわけではないが、

テレビの特撮ものなどで見るそれらの攻撃は、まるで花火のように華やかな印象がある。

この展望室からであれば普段絶対にみる事の出来ない

自衛隊の攻撃の実物が見られるかもしれない。

「永田町」-20

 テレビのニュースキャスターは無感情に政府の臨時対策本部の声明を読み上げた。

 おかしいと思った。

声明の中でもその後の質疑の中でも、近隣住民への避難要請がまったく無かったのだ。

 自分の住む街の静けさ、魔王を映すテレビ画面の異常さ、

そのギャップに真実は現場を見なければ分からないという気持ちを大きくした。

 魔王にあまり近い場所からは危険だ、自宅近くの高層ビルで展望室が有るとか、

屋上に上がる事ができる場所は無かったかと思い浮かべてみる。

 友人の中に一人金持ちの息子で、高層マンションに住んでいるヤツがいる。

ヤツのマンションからならば永田町の様子が伺えるかもしれない。

 友人に電話を掛けてみる。

「もしもし、俺、山田だけど、今日これから鈴木の家に行っても良いか」

「ああ、山田か、良いよ、大学は休校みたいだし、家で暇してるから」

「鈴木の家からさ、永田町の方って見えるかな」

「え、永田町か、どっちの方角か良く分からないけど、

上の展望室に行けば見えるんじゃないかな」

「お前、昨日からの魔王降臨とか興味ないのか、やけにのんびりしてるみたいだけど」

「えー、いや、大学が休校になったから、のんびりはするだろう。

それに魔王とかあんま興味ないし。

テレビゲームではパズル系が好きだから、あんまロープレとかやんないから」

「まあ良いや、これから行くから待っててよ、じゃあ」

「ああ、待ってる」

 電話を切ると直ぐに出かける準備をしてアパートを後にした。

一応昨日取りまとめた貴重品を詰め込んだカバンは持って行く。

 鈴木の住むマンションに到着すると、鈴木をせかせて展望室へと向った。

「永田町」-19

 支払を済ませてコンビニを出て、永田町の方向を眺め、

直接自分の目で見に行くべきかと迷うが、止めにして真直ぐにアパートへ戻った。

 テレビを見ながら買ってきたおにぎりと惣菜で食事をする。

食事が終わってもテレビを見続けて、

真夜中になってもほとんど動きが無いので、その日は眠りにつく事にした。


 翌朝、起きて直ぐにテレビをつけて、

いつも通りに顔を洗って大学へと出かける準備をする。

準備が終わったところでテレビの前に座り込み、

はたして今日大学の講義は行なわれるのだろうかと考えた。

 昨日の昼の事故が事実であれば、当然暫らくの間大学は休校になるだろう。

だが、僕の思い違い、勘違いだったなら、いつも通りに講義は行なわれるだろうから、

いつも通りに出かけなければならない。

 テレビでは、芸能ニュースなどの合間に、魔王の姿が映し出されていた。

魔王の存在がまったくの夢幻で無い事は分かる。

しかし、相変わらず死傷者の数も救助活動の様子も報じられていない。

 出掛けるべきかこのままニュースを見続けるべきか迷って、

テレビの前から動けないままで過ごしていた。

 午前9時をまわったところでやっと政府の臨時対策本部が出来上がり、

国民に向って声明が発表されるという情報が出た。

とりあえず政府の対策本部の声明を聞いてからだと考えた。

 午前10時になってようやく声明が発表になった。

その内容は断固魔王と戦うという趣旨のもので、具体的には今日午後3時ごろから、

陸上自衛隊の戦力で魔王への攻撃を開始するというものだった。

『政府の特務機関が複数回魔王に接触をはなりましたが、

魔王は薄気味悪く笑うだけでした。魔王に対して今日午後の攻撃前に立ち退きを要求。

その中で、退去の意思が無いと判断される場合は第一次の攻撃を仕掛ける事を、

魔王に対して提示するとしています』

「永田町」-18

 気が付くとコンビニの目の前だった、かなりぼんやりと歩いていたのだろう。

「魔王は凄いぞ、と言いたい所だけど、

まあ遠くから見ただけだからかもしれないけど、テレビで見るのとあまり変わりないな。

でも、そこが凄いのかもしれないな」

 二人そろってコンビニの店内に入り、店員の「いらっしゃいませ」の声を聞いて、

もう少し元気に声を出せよと思いながら、いつもの習慣で雑誌コーナーに立ち止まる。

「テレビで見るのと変わらないって、

それって肉眼で見てもCGみたいに見えるってことなのか」

「そうだよ、しかも一昔前の安っぽいCGアニメみたいに見える」

「ほーう」と関心の吐息を吐く。

「そうすると、もしかして何かの映写装置を使って映し出した立体映像の可能性があるのかな」

「いや、映像とは明らかに違う。

存在感はしっかりしているから、映像みたいな何か透明感のようなものは無いんだ。

だけと、現実味が無い、現実感と言うか本物らしさみたいなものは無い」

「うーん、分かり難いな」

 近藤の説明に文句をつける為に、彼の目線にわざと入り込む。

「そうだなあ、表面がつるつるの巨大なぬいぐるみみたいな感じかな、

表面がつるつるだけど、

風船みたいに薄っぺらな感じじゃなくて重量感がある動くぬいぐるみだな。強いて言えば。

だけど実際には明らかに人工物では無いな」

「うーん、分かったような分からんような。

お前の説明が下手なのか、僕の理解力不足なのか」と愚痴る。

 僕が愚痴っぽく文句をつけるので、近藤君は機嫌を損ねてしまった。

「文句があるなら、自分の目で確かめて来いよ。俺は帰る」

と言ってコンビニから出て行った。

 残された僕は、そのまま雑誌を選び、

毎週購入しているが今週まだ購入していなかった一冊を手に取り、

買い物カゴの場所まで戻ってカゴを手に取り雑誌を放り込んだ。

さらに、直ぐに食べるおにぎりや惣菜と、万が一に備えて、

カップめんを三食分と日持ちしそうなパンをカゴに放り込み、レジへ向う。
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