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「帰宅物語」-③

帰宅しても停電で家の中は真っ暗だし、食料を調理しようにもお湯すら沸かせないから、

買い置きのコーラーを飲んで呆然とするしかなかった。

携帯電話の液晶画面の明かりを頼りに部屋に入ったのだが、

どうやらいつも通り照明のスイッチを押していたようで、家に帰り着いて暫らくして、

いきなり灯りが点灯した。

やっと停電が解消されたようだ、テレビを付けたがまだ何も放送されていない。

かなり時間がたってようやくテレビ番組が放送され始めても、

テレビ局でも被害状況は把握されていないようだった。

地震の被害が判明したのは翌日の昼過ぎになってからだった。

震災被害として直接的なものは皆無だったが、間接的なのもは多大だった。

危機管理が進み、安全安心が叫ばれ続け、

過大な安全装置と過大な危機意識は新たな都市災害を生み出したのだった。

停電の原因は変電所の安全装置作動によるもので、

変電所がいきなり送電をストップした為、発電所の安全装置まで作動、

発電過多を防止するため非常停止した。

重要な施設は非常用電源に切り替わるはずだが、エンジン式の自家発電機は、

燃料タンクなどの耐震安全装置が作動し、運転できないものが多かった。

また、大きな電力を消費する設備は耐震ブレーカーが作動したものが多く、

再始動にはさまざまな安全確認と手続きが必要で、

自家発電などで電力が回復してもなかなか運転再開できなかった。

電話局、放送局のコンピューターや送信設備も停止した為再起動に手間取ってしまった。

さらに、航空管制塔まで同様に機能停止したため、

ヘリコプター一機さえ離陸許可が出せず被害状況の確認にものすごく手間取ってしまった。

通信、交通がストップしていては安全確認にも時間がかかるから、

安全確認しないと使えない通信施設交通機関の復旧には大変に手間取ってしまった。

もちろん、鉄道やエレベーターに閉じ込められた人たちが大勢いたのだが、

情報伝達が人伝えしかない中で、

救出は遅々として進まず24時間以上エレベーターに閉じ込められる人や、

モノレールなど自力で脱出できず尚且つ特殊な方法でしか救出できない乗り物では

48時間近く救出に要する場合もあった。

絶望感と恐怖でパニックになる人も多く、

それが三次災害を引き起こしけが人を出す結果となった。

都心では自宅にいた人達も、深夜になっても停電したままでパニックに襲われて、

必要の無い非難をしようとして真っ暗な中で、階段を滑り落ちて怪我をしたり、

無謀な車にはねられたり、暴徒と化した住民に襲われたりで、多くの人が災難にあっていた。

震災時外出していながら、靴擦れの痛みに耐えて無事帰宅できたK氏は、

とても運が良かった。

自宅が都心から離れていて停電からの復旧も早かったので、パニックに陥る事も無かった。

なのに、K氏は残念に思っていた。

帰宅せずに留まれば震災の被害者面が出来たのにと悔しがった。

-END-


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