fc2ブログ

日本放送協会は仕分け対象にならないのだろうか。

ただの愚痴です。

先日NHKの受信設備をワンセグ機能付きの携帯電話しかもっていないし、

そのワンセグを使用することなど無いという人が、

NHKの放送を受信できる設備を設置したらNHKと受信契約を

結ばなければならないと言われ、契約させられたというニュースを見た。

法律は、

『協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、
協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。
ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送若しくは
多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、
この限りでない。』

但し書きで、

放送の受信を目的としない受信設備はこの限りではないとされているのだから、

ワンセグで受信する機能が有っても、

持ち主が実際に見ていない以上は

放送を受信する目的があってワンセグ機能付きの携帯を

購入したわけではないのだから、

但し書きが適用されるべきだと思うが如何だろう。

NHKは平等な負担というけれど、

NHKの番組が好きな人と嫌いな人と同じ額を負担するのが平等だろうか。

発展途上国だった頃ならば、テレビの普及や良い番組の提供を受ける為に

ある程度仕方の無いことだったかもしれないが、今の日本で必要なものだとは思えない。

NHKは民法と違い、非営利団体だし受信料で成り立っているから、

民法と違い全てに中立な立場で放送を提供するはず。

だから、例えば営利団体の宣伝をしてはいけない事になっているらしい。

しかし実際には、相撲協会の宣伝や、プロ野球の宣伝を堂々と行なっている。

以前何かのスポーツ中継でユニホームに企業名が

入っているだけで映せないと言っていたのに、

なぜかプロ野球という営利団体の試合は何も隠さず堂々と放送している。

以前放送されていたプロジェクトXなんてのは企業の宣伝番組だった。

国民の娯楽目的としてはすでに存在意義のなくなったものだと思う。

そして、放送で資金を多量に浪費するのは娯楽番組だろう。

娯楽番組はすでに大きく成長した民法に任せればよい。

ニュースと少しの教育番組だけ残し、

規模を大幅に縮小すれば受信料は今の十分の一以下で済むだろう。

その部分以外はNHKとして存在する必要の無いものだから、

事業仕分けで仕分けて欲しいものだ。

わざわざ大金をかけて

嘘や誇張だらけの歴史を国民に信じさせる大河ドラマなんてものも必要ない。

そんなNHK嫌いで見たくない人からも

料金を取ると言うNHKは何と横暴な組織なのだ。

「お酒の神様」-5

酒を飲めない人が居る事は理解した。

飲めない人に無理やり飲ますのは良くない事だとも理解した。

しかし、せっかくの宴会の席で酒の飲めない人がいてはその場がしらけてしまう。

酒の神は考えた。

そして、古い酒蔵の酒にもう一工夫する事を考えついた。

翌日から、古い酒蔵の酒には飲めば飲むほど酒好きになり、

酒に弱い人も飲めるようになるという神通力が加わった。

それから暫らく平和な日は過ぎて、

長野屋では開店祝いにもらった酒がそこをつき、今までの味を守る為、

同じ酒を古い酒蔵から仕入れて使い続けることにした。

新たに仕入れた酒には、

今までどおり病気の子供が口にすればたちまち病気が治る力も残っていたが、

酒の弱い人は強くし、さらに酒好きにするという力も込められていた。

数ヵ月後、この街の子供達は酒好きの酒豪ばかりになり、

親達も酒が好きで止められずに、

子供が飲むのを止めるどころか一緒に飲み明かす始末となった。

古い酒蔵の酒が売り切れてしまうと、

他所の町からも大量の酒を仕入れるようになり、

酔っ払いと元気な子供達だけの町になってしまった。

そして、古い酒蔵では、杜氏達もただの酔っ払いで仕事にならず、

新たな酒を作れなくなっていた。

酒の神はやっと自分のおろかさに気付いたが後の祭りで、

酒蔵に酒がなくなると神でもなくなってしまった。

やがて、古い酒蔵は人がいなくなり朽ち果てるのを待つばかりとなった。

酒の神が消え、その力が消えうせると、

町は元に戻り酔っ払いも徐々に減っていった。

そして人々は思った、飲みすぎは良くない。

‐END‐

「お酒の神様」-4

もちろん効果的面で、

治る可能性の低いといわれた難病は、

うどんを食べ終わった途端に治ってしまい、

元気になった孫はすぐさま起きだして、家中駆け回ってみせた。

商店会の会長は、孫が難病から快復した奇跡を祝い、

古い酒蔵の酒の神も祭って祝いの席を設ける事にした。

孫の病を治したかもしれないと言う事で、

長野屋夫婦も招かれたが、

二人とも酒が飲めないので宴会は苦手で、

それでも商店会の会長からの招待では断われなくて、

しぶしぶながら参加する事にした。

商店会会長の孫の快気祝いの宴席には、

上座に酒の神の祭壇が設けられ、招待客の長野屋夫婦はその直ぐ前に座らされた。

孫の病気が快復した事の祝いの席だけれども、

主役の孫はまだ子供だから、宴会の席には入らずに、

別室で母親と御馳走を食べていた。

だから、代わりに長野屋夫婦が主役にされた。

飲めない酒だけれども乾杯だけはと勧められ、無理して少し酒を飲む。

少しの酒で顔を真っ赤にしてしまい、

その後はいくら勧められても断わり続ける長野屋夫婦の姿を、

酒の神は不思議な思いで見守っていた。

酒のように美味しくて、料理の味まで引き立てて、

酔えば楽しい気分にしてくれる、

こんな良い物を勧められているのに断わるなんて、

残念な人達だと思い、なぜだろうかと考えた。

今日の酒も自分が守る古い酒蔵の上等の酒だから、不味い筈が無い。

じっくりと夫婦の言い訳に耳を傾けてみる。

下戸だからとか、飲むと直ぐに寝てしまうとか、

少しの酒で悪酔いするとか言っている。

「お酒の神様」-3

開店したてのお店で、

開店祝いに古い酒蔵で作られた上等の酒を商店会からもらったのだが、

夫婦ともに酒は飲めないし、酒を出す店でもなかったので、

もらった酒は料理酒として使うことにした。

高級な酒だから調味料として、

うどんの出しに入れればより味にこくが出るだろうと考えたのだ。

長野屋のうどんを小さな子供が一口食べれば、

あらゆる病気が治るのだけど、そう簡単には誰も気付かない。

それでも、風邪気味で食欲が無く元気の無い子供が、

長野屋のうどんは食べられて、

食べ終わるとすっかり風邪も治るという様な事が何度か起こり、

小さな子供の母親達の間で、

子供が風邪をひいた時は長野屋のうどんを食べさせるのが良いと言う噂が広まった。

ただ、みんなうどんに神通力が有ると思ったわけでは無い。

うどんだから消化によくて体が温まるから、

風邪をひいた時に良いのだと考えた。

さらに、長野屋のうどんは出しが美味しくて、

子供の食欲を引き出してくれるから、

子供の風邪には長野屋のうどんが良いのだと噂した。

そして、子供に良いなら大人にも良いだろうと、

風邪気味の大人も長野屋でうどんを食べるのだが、

体が温まるという効果はあるし美味しいから、

やはり効果が有ったような気になっていた。

風邪をひいたら長野屋のうどんと言う噂が定着した頃、

商店会の会長で酒好きの夫婦の孫が病気で倒れた。

会長は、風邪に効くのなら、

風邪以外の難病であっても多少は効果があるだろうと考えて、

長野屋のうどんの出前を取って孫に食べさせた。

「お酒の神様」-2

こんな悲しいことが無くなれば、悲しみの日がなくなれば、

悲しみに沈む事が減り、祝いの席が多くなり、

酒の神が呼ばれる事も多くなる。

そんな打算も考えた。

酒の神は、古い蔵のお酒に小さな子供が長生きする力を与えた。

その力は小さな子供にしか効力が無かったけれど、

小さな子供が飲めば効果的面どんな病気でも治ってしまうものだった。

だが酒の神は知らなかった、

子供が酒を飲まない事を。

だから、古い酒蔵で作られたお酒にそんな凄い効能がある事は、

誰にも知られないままに月日が過ぎて行った。

酒の神は自分の力が役に立っていない事を知らなかったが、

普段は酒に酔ってふらふらしている神様だから、

たまに退屈になって腹を立てるくらいで、

子供が亡くなることが有るというのもすっかり忘れ去っていた。

子供はお酒を飲まないけれど、

まったく飲まないわけではなかった。

古い酒蔵で作られるお酒は、お祝いに使う高級品だから、

滅多に使われる事は無かったが、

それでもたまには何かの間違いで使われる事もある。

それは、料理の味を良くするために、調味料として使われる事。

料理に使いアルコールをとばしてしまえば、

小さな子供でも食べる事の出来る料理になる。

幸いアルコールがとんでしまっても、酒の神の力がとぶことは無かった。



長野屋という名のうどん屋が商店街の外れに出来た。

小さな店だから夫婦2人だけで切り盛りし、

食事時の時間を除いては小さな子供のいる夫婦だから、

妻は自宅で子守をしていて、旦那は一人で店にいた。

フリーエリア
カレンダー
04 | 2010/05 | 06
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
リンク
最新記事
カテゴリ
最新コメント
検索フォーム
QRコード
QRコード