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「満員電車の攻防」-9

電車が停車しドアが開くとタケルの代わりに立ちあがった男は、

「おりまーす」と二度繰り返して、

無理やり人を押しのけるが、

なかなか出口に近づけない。

出口付近の人達が、かなり降りなければ無理だから、

男はもう一度大きな声で「おりまーす」と叫ぶ。

仕方なくという感じに出口付近の人が動き、

一旦下車する事で出口までの道が開け、

男とそれ以外にも数人が何とか下車して行く。

タケルは男が無事下車した事で自分の役目が終わったのだとホッとした。

別にタケルが何かしたわけでも、

男を無事に下車させる事に対して、

何か責任があったわけでも無いけれど、

なぜかホッとした。

そして、たぶんホッとした事が良くなかったのだろう。

さらに、朝少し早く目を覚まし、

いつもより急いで準備して、

急いで電車に乗った事も関係しているのだろう。

電車が再びドアを閉めて走り出した時、

タケルは睡魔に襲われてしまう。

タケルを襲った睡魔は、強豪だった。

並大抵の努力では押し返す事が出来ない強い睡魔だった。

だいたい睡魔と言うものは、

弱いものでも人の手におえない事があるくらいだから、

強豪の睡魔となると、タケルごときの手に負える相手ではなかった。

タケルが動き出した電車の揺れに身を任すのに一分とかからなかった。

直ぐにうつらうつらから深い眠りへと向かって行き、

隣に座る人の肩にもたれても平気になってしまう。

勿論、もたれかかられた方は、

生暖かいタケルの頭を肩に感じるのは嫌だから、

肩をゆすって何とかしようとするが、

電車のゆれでタケルの頭が反対側に動き、

再びの揺れに戻って来るの繰り返しに、

イライラを募らせるだけだった。

「満員電車の攻防」-8

何か理由があっての大混雑なのだろうと考えて、

原因を想像し始めた。

単純に事故で電車が遅れている。

それならば遅れていることを謝罪するアナウンスが流れるはずだ。

何か大きなイベントがあったか、これから行なわれるか。

しかし、これからならまだしもすでに大きなイベントが終わったというのは、

朝の通勤時間帯では考え難い。

これから始まるイベントとしても、この電車に人が集中するとは考え難い。

集中しているわけではないとすれば余程大人数が集まるイベントと言う事になるが、

そんなイベントの話は聞いた事が無い。

まさかとは思うが、

俺と同じ様にたまたま少し早く目覚めた人達が大勢いたのだろうか。

だいたいいつも、俺よりかなり早く出社している部長は俺に、

「もう少し早く出社すれば空いている電車に乗れて楽だぞ」

と言っていた。

いろいろと想像してみるがたいした事は思いつかない。

目の前の席に座っていた男が、何かもぞもぞしている。

電車が次の駅にもうすぐ到着するという時になって、

座っていた男は立ち上がろうとする。

次の駅で降りたいのだなと言う事は、直ぐに誰にでも想像がつく。

しかし、ギュウギュウ詰めの電車内で駅に到着してドアが開く前に、

席を立とうとしても無理と言うものだ。

立ち上がれるスペースがないのだから。

いや、立ち上がる代わりに誰かが座ればよいのだ。

目の前に立っているタケルが、

座っている男と上手い具合に入れ替わって座れば、

今座っている男はタケルが立っている場所に立つことが出来る。

立ち上がろうとする男、男の代わりに座ろうとするタケル。

上手い具合に少しずつ体を入れ替えていく。

実際にはほんの一瞬だが、2人にとっては長い攻防が終わり、

タケルは席に座り込んでいた。

「満員電車の攻防」-7

右から押され次には左から押され、

後ろからも押され始めて、

つかんでいたつり革では圧力を支えきれなくなるタケル。

仕方なくつり革を手放し座席に座る人に覆いかぶさりそうになりながら、

上部の荷物棚の一番手前の太いパイプに、右手をついて体を支える。

しかし圧力はさらに増して、

片手では支えきれなくて、小さなカバンを持つ左手を持ち上げて、

カバンを持ったまま荷物棚のパイプについて、両腕で体にのしかかる圧力に耐えた。

このままでは、前に座る人にのしかかってしまうと思ったとき、

タケルの後ろにいた人が、タケルが手放したつり革を掴み、

自分の体重を支えて、タケルにのしかかるのを止めてくれたので、

ずいぶん楽になった。

もう片手で十分支えられる状態だったが、

一旦上げた手を下ろせるようなスペースはなくなっていた。

電車が発車する時の衝撃的なゆれで、

少し離れた場所では人が将棋倒しになりかけた。

タケルもこんな混雑は、殆ど経験した事が無かったから、

少しわくわくするものがあった。

超満員電車、上げた手が下ろせない混雑。

軽い人なら宙に浮いたままかもしれない詰まり具合。

むかし、通勤ラッシュがもっと酷かった頃には、

こんな状態が日常だったと聞いた事がある。

いや、あの頃は人が無理やり押し込んで乗せていたと聞くから、

こんなものではなかったのだろう。

よくそんなギュウギュウ詰めで、人間が生きていられたものだと思う。

今の状態だって、十分殺人的だと思う。

次の駅では殆ど人が降りた気配が無く、

さらに誰かが乗り込みかけて尻込みし乗らないまま扉が閉まった。

この状況を見て、

いつもより早い時間だから混雑しているわけではなさそうだと考える。

「満員電車の攻防」-6

電車は次の駅に到着すると、今度は殆ど乗り降りが無く、

乗降口で数名がうごめいただけだった。

だから、タケルの乗車位置付近では、

少しの人の動きも無いままで終わってしまう。

タケルとしては無理に体の向きを変えていたので、

つり革はしっかり掴んでいるものの足の置き場がかなり狭く、

居心地が悪いため少し動いて欲しかったのだ。

少し窮屈な体制のまま電車のドアは閉まり、

少し荒っぽく発進した電車の大きなゆれを利用して何とか少し足場を確保した。

次の駅までは何事も無く、大して乗り心地は良く無いけれど、

悪すぎる訳でもない状態のまま進む。

次の駅は快速電車も止まる少し大きな駅。

到着するとかなりの人が降りたので、

タケルは当初の目的の車内奥のつり革の掴みやすい位置に乗り込んだ。

大勢降りたからといって座席に座れるほどの事は無い。

座席に座れるのは空いた座席のすぐ近くに立っていた人達だけだ。

それでも、立っている人の中では、まずまずの立ち位置を確保し喜んでいた。

次の瞬間ホームで乗車を待っていた大勢の人達が、我先にと乗り込み始めた。

タケルにとって運が良かったのは、

左右両サイドから同じタイミングで人の波が押し寄せた事だ。

一方だけから大波が押し寄せれば、タケルも波に飲み込まれただろう。

両サイドから押し寄せた波はタケルを挟み込み、

両者の力がぶつかって打ち消された。

タケルは波に翻弄される事なく自分の立ち位置を確保した。

暫らくの沈黙の後、再び大きな圧力が押し寄せる。

乗車して入り口付近の場所を確保しようと頑張っていた人が、

次々に乗り込んでくる人の波に負けて、車内奥に押され始めたのだ。

「満員電車の攻防」-5

次の駅に到着した。

タケルは降りる人に気を使い、一旦つり革を手放す。

降りる人は数人だけで直ぐに大勢乗り込んでくる。

乗り込んでくる人の波に上手く乗り、

自分が居心地の良い位置へ何とか動いていこうとするが、

思い通りにはならない。

再びつり革の取り合い、立ち居地の確保争いに巻き込まれる。

しかし、今回は乗り込んできたばかりの時と違い、

車内の様子をしっかり把握済みだ。

無理に自分の目的地を目指さずに、

適当な所で妥協し、つり革をつかむ事を優先した。

作戦は功を奏し、つり革をつかむ事に成功する。

これで次の駅までは大丈夫。

しかも、車内の少し奥に入り込んだから、

次の駅でつり革を手放さなければならない確率は低下した。

ところが、目の前に若い女性が立っていた。

タケルより少し背の低い女性はタケルに対して横向きに乗っていればまだマシだった。

後ろ向きだと痴漢に間違われる確率がアップするから好ましくは無い。

しかし、前向きでは自分の顔のやり場に困ってしまう。

自分の鼻息が女性の顔にかかったりすれば失礼だし、

何の係わり合いも無い女性でも、若い女性に嫌われるのはとても嫌なタケルは、

何とかこの場を凌ぐ為、自分が横向きになれないものかと周りを目だけで見回す。

右回りになら少し身体が動かせると判断し、

女性にわざと顔を背けているわけではなく、

ちょっとあっちの方を向きたいだけですよという雰囲気を出す努力をしながら、

体の向きを少し変えるという大仕事を開始する。

電車の揺れにタイミングを合わせ、

あくまでも向こうの景色に興味があるからだと意識して、

若い女性を意識して動いているのでは無いと自分にも言い聞かせて。

少し大きなゆれが来た時にタイミングよく体をひねる事に成功し、

若い女性の顔から自分の顔を引き離す事が出来た。

そして、思いっきり息を吐き出す。

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