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「広い家に住む為に」-27

 午後のコーヒーを淹れて事務所にいるみんなの席にいつも通りに配ったはずなのに、

「おい、俺のカップと違うぞ。何ボーっとしてんだ」と課長に怒鳴られた。

 本当にぼーっとして間違えたのか、

誰かが摩り替えたのかはっきりしないが、私がいやな思いをした事は確かだ。

 トイレから戻ってくると、

使っていたボールペンが床に転がっていて、靴跡が付いていた。

 湯沸しポットのスイッチが切れていて、お湯が冷めていたせいで、

お茶を入れるのが遅れた。

いやみを言う先輩もいたが、かばってくれる先輩もいた。

どちらが本当の味方なのか良く分からない。

かばう振りをして隙をうかがっているようにも思えた。

「気にするなよ、よくある事さ」と言う言葉とは裏腹に、

顔は少しにやけて見えた。

笑顔で励ましているとも取れるし、ざまを見ろと思っているようにも感じる。

 軽いいじめは続き、会社に居辛くなってしまった。

転職を考え始めて、行政書士の資格が生かせる仕事を探している時に、

運良く政治家の秘書の募集の話が舞い込んできた。

 給料は今の会社と同等か安いくらいなのだが、将来性は感じられた。

その将来性は、自分が将来政治家になるというのもあるけれど、

それ以上に将来自分が事業を起こす時に、

有力政治家の後押しがあればとても有利になると思えた。

 将来事業を起こすといっても具体的なビジョンがあるわけではないが、

例えば独立して行政書士事務所を開設するとしても、

顔の広い政治家の後押しがあれば成功できそうな気がする。

それに、行政書士の仕事内容から考えても、

政治家の秘書はとてもよい修行になると考えた。

 今回は以前のような失敗をしない様に、

政治家秘書の仕事が決まってから、会社を退職するつもりだったから、

面接に向う時点ではまだ会社に秘密にしていた。

「広い家に住む為に」-26

 一度失敗した事で少しは勉強のやり方も気合の入れ方も変わり、

とにかく平日仕事が終わって帰宅してからの時間を大切に使い、

最低一時間の勉強時間をノルマとした。

平日に頑張って勉強する習慣がつくと、

不思議と休日の集中力も高まり、勉強の効率も上がった。

 トータル約二年間の勉強の成果が出てくれて、

二回目となる試験ではぎりぎりで合格点を取る事が出来た。

でも、それで浮かれたのが不味かった。

合格が嬉しくて、先輩に自慢げに話したのが良くなかった。

先輩の中に同じく行政書士の試験を受けた人がいて、

その人は何回目かの挑戦なのに今回も不合格だったのだ。



 翌日会社に出社すると、私の机の上に大量の書類が積まれていた。

どうしたものかと思ったが、

とりあえず詰まれた書類を端に寄せて確保したスペースで何とか仕事を始めた。

「おい、こんなに書類を出しっぱなしにしてどうする。

必要なものだけその都度取り出して、使い終わったらすぐに片付ける。いいね」

と先輩に怒鳴られる。

「すみません、直ぐに片付けます」

と謝って、書類を書棚に片付け終わると、別の先輩がやって来て、

「ここに置いてた書類はどうした」とたずねられる。

「はい、今片付けました」

「何してくれてるんだ、せっかく必要な書類を選び出して置いていたのに。まったくお前は」

「はあ、すみません」

「もう良いよ、まったく人の仕事の邪魔しやがって」と言って先輩は立ち去る。

 必要な書類だったんなら立ち去らずに、

今すぐにもう一度選び出せばいいじゃないかと思ったが、

単に言いがかりをつけて、私をいじめているんだと感じて、反論はしなかった。

 我慢していればそのうち飽きて、いじめなんかやめてくれるだろうと考えていた。

少し甘かった。

・・・・・・。

 地震のときに、パソコンの前に座っていたせいか、

今もパソコンの前に座っているとゆれているような錯覚を起こします。

なので、パソコンに集中できなくてキーの打ち間違いが多い。

 私に出来ることなんて殆ど無いけれど、

文句や悪口はやめようと思う。

みんな嫌な思いをしただろうし、

辛い思いをしているだろうし、

がんばっているだろうから、

そんな人たちを悪く言う事は、

やめなければと思う。

 東京で品不足になったのも、誰かが買占めしたのが原因ではないと思う。

余震が続く中で火を使いたくないから、

調理せずに食べられるパンが沢山売れたのだと思う。

電車が動かなかったから自動車を使う人が増えて、

ガソリンが沢山必要になった。

 悪いのは地震で、地震のせいで物不足になり、

物不足だから買い置きしたくなる。

買い占めたから物不足でなくて、物不足だから買い急いだのだと思う。

買占めが原因ではなく、買占めは結果だと思う。

 風評だって、善意が広めてしまうのだと思う。

怖い話を聞いた人が、他の人にも教えてあげなくてはと思うから、

広められてしまうのだと思う。

 本当に悪い人なんて、ほんの少ししかいないのだと思う。

「広い家に住む為に」-25

 三年間は飛ぶように過ぎて行った。

私も間もなく三十歳という歳が近づいて、少しあせり始める。

最初は給料が安くても会社の仲間として、

仕事をやらせてもらえることだけで満足していた。

しかし、徐々に周りの人との収入格差が気になり始めた。

最初はアルバイト生活者とあまり変わらない給料だと感じ、

正社員ならばもっと稼いでいるのではと思う程度だったが、

同じ会社の年下の社員より給料が安いのではと思い始めて、

何とかなら無いものかと本気で考え始めた。

 年下の社員でも大卒だと給料が良いらしいとは思っていた。

年下で後輩の大卒の給料が高卒の私よりかなり高いと知って、

同程度ならばまだ許せるし、仕事が専門知識の必要なものであれば許せるが、

私と似たような事しかしてないのに給料がうんと高いというのは納得できなかった。

 納得が行かない事があればストレスになる。

ストレス解消で昔のように飲み歩く事を始めてしまう。

だが以前と違うのは、自分が以前ほど若くは無いということと、

その分分別が出来ているという事だ。

 給料に不満が有るならば、

自分なりに努力もしなければ駄目だという事ぐらい分かっているから、

ある日思い立って法律の勉強を始めた。

まずは仕事の合間でも出来る方法をと考えて、通信教育に申し込んだ。

法律関係の資格の中では受験資格無しで受験できて資格も取れる行政書士に一年かけて挑む事にした。

 仕事の合間と言っても、毎日のように残業があり、

終末金曜日などは先輩に誘われて飲みに行く事もありで、

日曜日もなかなか集中できずに勉強は進まず、初めての試験は散々な結果だった。

 あまりにも合格点に遠い結果だったから、もうあきらめようかと思ったけれど、

では他に何が出来る、何かで結果が出せるのかと考えて、

今は法律の勉強以外に思いつかないから、

もう一度挑戦する事にした。

「広い家に住む為に」-24

 深夜まで黙々と一人事務所に残り頑張ってみる。

 私以外の最後の一人が事務所を後にする時、

事務所の戸締りの方法を教えてくれた。

機械警備とかいうものに加入していて、

最後の一人は事務所の鍵をかけた後、機械警備のセットをしなければならない。

とても一回ではおぼえられないので、手順をメモしてもらった。

それから二時間ほど黙々と一人文章を考え、

何とか一通りワープロ打ちを終了した所で、帰宅の準備に取り掛かった。

 時刻はすでに深夜二時で、とっくに終電も終わっているから、

二駅分ほどの距離だけど歩いて帰るしかない。

たぶん帰宅したら午前三時だ。

そんな時間に帰宅しても殆ど眠れないと思うと、

このままこの事務所に泊り込むことにする。

 翌朝からもいろいろと雑用に加えて、

ワープロだのの仕事を頼まれて、残業する事になる。

そんなことが数週間続き、徐々に仕事にもなれ、

今まで殆ど経験のなかったパソコンを使った仕事も人並みにこなせるようになった週末の夕方。

「おい、新人くん、今日これから何か用事は有るか」と専務に声をかけられた。

「特に無いです」と答えると「じゃあこれから君の歓迎会だ」と言われ、

いつの間にかお膳立てと言うか、店の予約も何もかも出来ていて、

今日まで知らなかったのは私だけだった。

もう入社して一月以上が経つから歓迎会などはやってもらえないのだとあきらめていたから、

とても嬉しかった。

 歓迎会の会場の居酒屋へ向う途中で、先輩から

「この会社の事務員は入社して一週間以内に辞めて行く人が多くてね、

入社して直ぐ歓迎会を開いてもその翌日に辞めてしまうというのでは意味が無いって事で、

ある程度長く居続けてくれると分かってから、歓迎会をする事になったんだよ」

と教えてくれた。

 会社の仲間として認められたのだと思った。

給料は安くてもこのままこの会社で頑張ろうとも思った。
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