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・震災当日の日記より。

 千葉県市原市コスモ石油の施設。

ガス漏れの後爆発なんてしてどうすんだ。

震度5で耐震性が最も高くなければならない施設が爆発炎上なんてしてどうすんだ。

 お台場のビルの屋上には何が有ったのだろう。

なぜ火災。

 それにしても長く揺れ続けた。

最初の揺れは弱い横揺れから始まり徐々に揺れが大きくなり、

前後の揺れ左右の揺れと揺れる方向も変わりながら、

もう治まるだろうと何度も思うのにそのたびに、

また揺れが大きくなるという状態で、

本当にゆれが弱まり始めた時には助かったと思った。

その後の大きな余震は、縦ゆれから始まったので震源が近づいたと分かり、

縦ゆれから徐々に横揺れになった時の恐怖は・・・・、

もう楽に死なせてくれと思うほどだった。

そんな大きな余震がもう一度発生し、

こんな家の中にいられないと思って、外に出る準備をした。

 揺れが収まってもう大丈夫かと思うと、直ぐにまた揺れ始めるのを繰り返す。

何となくもう一度大きな余震が起こるのではないか、

もっと大きな余震があったら怖さで心臓が止まってしまうと思い。

揺れが収まるのを待って外に出た。

 偶然エレベーター前で出会った管理人さんに、

エレベーターは大丈夫か確認し、

今のところ大丈夫と言う管理人さんと一緒に六階から一階へと降りた。

どうか今大きな揺れが来ないでくれと祈りながら。

 管理人さんは、家具が倒れたりしてないですかと心配してくれた。

六階の部屋で家具が倒れたらしい。

 テレビでみた津波の映像は凄いものだった。

車と船が一緒に流れて行くだけでなく、家そのものが流れていくのが見えた。

 食事の仕度で火を使いたくない人が多いのだろう、

コンビニの客はいつもよりかなり多くなっていた。

閉店したスーパーが有った影響もあるのかもしれないが、

これから帰宅してくる他人のために

コンビニの食料は出来るだけ買わないほうが良かったのだと、

買い物をして帰宅してニュースを見てから気が付いた。

これから歩いて帰宅してくる人は、

帰り着くのが何時になるか分からないし、疲れ果ててここまで来て、

コンビニを覗いた時に食料が殆んどなかったら、凄く悲しいだろう。

そんな体験を阪神大震災のときにしている私としては、

もう少し考えて行動すべきだったと思う。

 ただ、私も今ガスコンロを使用するのが怖いから、

結局コンビニで買ってきたパンで夕食を済ませることになりそうだ。

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