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「通勤途中にて」-4

車内が大分空いてきて、少しずつ前方の車両に移動を始める。

5両目4両目3両目、前方の様子が見渡せるようになると、もうあせりもなくなってくる。

大勢の人が鉄橋の線路脇を歩いていく。

その隊列に自分も加わる。

駅までは、係員の誘導でかなりゆっくりと歩かされたため、

普通10分程度で歩ける距離を30分近く掛かってしまった。

最寄り駅に到着したのは10時過ぎだった。2時間以上かかった事になる。

そして、この駅からまだ目的地までの移動がある。

電車はまだ止まったままで、復旧のめどが立たないから、

バスかタクシーを使う事になるが、

朝電車に乗ってから満員電車から開放されるまでに2時間以上かかり、

もう今日は満員の乗り物になど乗りたくは無かった。

バスは超満員の状態だ、絶対乗りたくは無い。

タクシー乗り場も長蛇の列だ、

乗るまでに何時間も立って並んでいないとならないか、考えただけでぞっとする。

歩いて歩けない距離ではないから、歩こうかと思いながらよく考えてみると、

少し歩けば別の鉄道会社の駅がある。


何とか別路線で目的地まで到達できたのだが、予定時間を3時間以上オーバーしていた。

そして考える。

本当にここまで来なければならなかったのか。

鉄道会社は、この苦労に対して一円でも慰謝料を払ってくれないものだろうか。

列車を止めるとかなりの賠償金を請求されると聞くが、

鉄道会社の責任で迷惑した我々に対して、莫大な慰謝料を支払う事は無いのかと。

それにしても通勤は必要なのだろうか、

もしかしたら鉄道会社の陰謀か、

或いは鉄道網を維持したい誰かが、

鉄道網を維持するために通勤というものを

なくさせない様に暗躍しているのではないだろうか。

首都高で儲けないと道路網が整備できないから、

首都高が混雑渋滞で高速で走れなくても、料金を取り続けられるように、

通勤を維持しているのではないだろうか。

そして、通勤に不便な都心から離れた郊外の住宅地を開発し、

住みやすい場所のように宣伝していたのは、

通勤で儲けたい誰かではないのだろうか。

通勤とは、誰かの陰謀で生まれたものではないのかと思ってしまう。

通勤の不要な社会は造れたはずではないのかと妄想する。

通勤、いったい誰の陰謀だろう。

-END-

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中々、風刺が効いてて良い感じです!
これからも創作頑張ってください!
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