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「希望」-4

実年齢が1000歳でも生態年齢が26歳と言う時代に、

実年齢が1050歳で生態年齢50歳の人間は珍しい者であるが、

珍しいだけで何の価値もないものになってしまった。

1000歳と1050歳の経験年数にどれほどの差が有るだろう。

それに対して、生態年齢の26歳と50歳の差の大きいこと。

見た目が同年齢の異性がいない、

実年齢が同じぐらいでも見た目がずっと若い人ばかりの世の中だから、

そして、我々のような見た目年寄りの人間は、

昔の愛と言うものへの憧れだけが残っている。

何が言いたいのかよく分からなくなってしまったが、結局誰かを愛しても、

愛した相手からは見た目が年寄りだということで、病人扱いしかされない。

そして、見た目の若い人達に、愛は必要ないものになった。

人同士の愛が無い世界。

思い出や懐かしいものへの愛も無い世界。

次々に懐かしいものを消し去って、開発が進む地球は、

地球を愛する年寄りには一番見たくないもの。

愛からの逃亡。

それは、愛する人からの逃亡や、愛する地球からの逃亡ではなく、

地球を愛する事からの逃亡なのだ。

懐かしい姿から遠ざかっていくであろう地球の姿を見ないための逃避行。

二度と地球を見る事の出来ない場所に行くことで、

地球からの情報が入らない場所に行くことで、

自分の頭の中でだけは地球を懐かしい姿のままにとどめる事が出来る。

あと宇宙船内時間で、数年か数十年で目的の銀河に到着する。

その時、年老いた私は、新たな地球を創るために、この宇宙船を後にすべきだろうか。

それとも、このまま宇宙船に残り、乗組員が全員それぞれの目的の星に旅立った後、

ホログラムホールの懐かしい地球に浸って、余生を過ごすべきだろうか。

しかし、それまで懐かしい地球の姿を、覚えていられるだろうか。

多くの人が、愛の代わりに手に入れたのは、希望。

私も、愛を捨てて希望を創り出すべきかも知れない。

逃げるのを止めて。

昔なら年寄りには、希望より愛や思い出だったと思う。

今は、思い出も愛も無く、希望だけが残されている。

1000年以上も生きたというのに、思い出には意味が無く、意味を持つのは希望だけだ。

なのに、思い出ばかりを持っていて、希望を殆ど持っていない。

だから、こうして逃げている、

逃げるしか希望がない。

-END-

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